江戸時代の横浜の中心地「神奈川」復活を模索する【その③】

▼歴史的に有名なだけでは…

品川宿のあと、午後からは僕が幼少時代を過ごした浅草に行きました
その日は、ちょうど三社祭の初日でしたが、思ったほど混雑はありませんでした。

東京の歴史や江戸文化に興味がある人は、一度は浅草を訪れたことがあるでしょう。

インバウンドは年々増え続け、公共施設など整備が間に合わないくらいです
正確な数字は分かりませんが、バス乗り場からハミ出す人の具合で
何となく実感できるのです。

そんな有数の観光名所でも、長らく課題となっていたことがありました。

意外に思われる方がいるかも知れませんが、それは観光客の「滞在時間の短さ」です。

スカイツリーができる5年以上前には、一時間半などと言われていたこともありました。

http://www.jata-net.or.jp/jatacomi/0903/people.htm

観光客のお目当ては何かというと、雷門から浅草寺で写真取って、昼食たべて、土産物を買う。

だいたいこれで終了。です!

本当にこれで地域の魅力が伝わっているのかと言うと、もちろんそうではありません。

「そもそも、浅草は店が閉まるのが早すぎる。泊るところも少ない。」

といろんな方面から指摘を受けていたのです。

その声を受けてか、スカイツリーのオープンや、押し寄せるインバウンドを期待してか、
ゲストハウスや、子どもの頃からしたら考えられないお洒落なバルが増えました。

僕が住んでいた花川戸というエリアにも、「浅夜市夜(せんやいちや)」という
浅草の夜のまちめぐりを狙った、食とマーケットのコラボレーションの店がいくつか出来ています。

http://www.a-round.info/senyaichiya.html

古くからの靴や革製品の商店が相次いで店を閉め、どんどん寂しくなっていくと思ってたら
若い人が楽しめる場所になっているんですよね

この取り組みには本当に驚きました

僕は、将来的には花川戸のエリア再生もしたいと考えていたのですが、
既にリノベーションまちづくりが進んでいるので、別にいいかなという感じです


▼実はそのまちの歴史とか魅力とかは関係ない?

この4月に、横浜市西区東ケ丘に「CASACO」という多世代多文化交流をコンセプトにした
シェアスペースがオープンしました。

http://casaco.jp/

東ケ丘(あずまがおか)というのは、野毛山動物園で知られる日ノ出町駅から
徒歩で5〜10分の丘の上の住宅街ですが、結構な坂と階段を登らないと辿りつけません。
駐車場もないので、歩くしかありません。

でもここまで訪れたいと思う何かがあります。

それはCASACOの理念を見ると分かります。

1.多世代・多国籍の人々が集う場所
2.人と人とが出会うことで、新たなつながりやアイディアが生まれる場所
3.異なる価値観・文化を受容し合い、違いを楽しむ場所

これ、しぇあひるずでもそのまま引用できる理念です。
(そのままパクったりはしませんよ!)

「人生上の出会いや、新しい何かを発見するチャンスがあるかも知れない。」

という、名所で写真を撮ることよりも、有意義な時間を過ごすための動機があるワケです。

そして実際に、その場所に訪れてみて、人と他愛もない話をしたり、
ゆっくりお茶を飲むことによって、いつしか場と自分が馴染んでくるんですよね。

IMG_3845.JPG

正直、CASACOや友達の家なんかがない限り、東ケ丘に足を踏み入れることは一生ないでしょう!

でも、一度行くと、次は誰に会えるのか、どんな食事が食べられるのか、
みたいな期待感が生まれ、もっとゆっくり過ごしたいと思うようになります。

そうなると、登った坂の上から見える野毛や関外の景色も、近所の古い民家も、
意味があるように感じるから不思議です。

矛盾に聞こえるかも知れませんが、敢えて歴史だ何だと全面に押す必要はないのかも知れません。

まずはその「場」に行きたいと思う「キッカケ」があって、
行ってみたらスゴい歴史のある場所だった!

くらいで丁度いいのか?と思います。

この1年でゲストハウスやカフェをオープンすることは多分難しいでしょう。
でも「キッカケ」を創ることだったら僕にもできそうです。

行ったら新しい発見がある、そんな「しぇあひるず」を目指して頑張りたいと思います
posted by ちゅーさん at 18:29Comment(0)相談

江戸時代の横浜の中心地「神奈川」復活を模索する【その②】

みなさん、おはようございます

昨晩はザーと雨が降りましたが、今は朝陽が気持ちいいです

一つ前のブログ記事で、「神奈川」の抱えている課題をお話しましたね。

その②では、魅力をもっと高めるのにはどうすれば良いか?
他のエリアで得たヒントをお話します。

▼歴史に紐づいて再生を感じるまちがある!

まず、皆さんは「品川宿」をご存知でしょうか?
日本橋を出て、東海道で最初の宿ですが、ほとんど認知されていないと思います。

場所でいうと、品川の一つ隣りに「北品川」という京急の駅があり、
改札を出て踏切を渡った商店街があるエリア。

ちなみに、品川駅の南に下ったところに何で「北品川」があるのかというと、
実は品川駅は「港区」で、北品川が「品川区」の北端に
あるという面白い現象が原因になってます。

僕が品川宿をマークしているのは、神奈川宿と似ているからです。

まず、品川駅という巨大ターミナルのすぐ隣りに「北品川」という小さい駅がある。
広域で見ると、海側の品川駅港南口にはインターシティーやグランドコモンズなど、
「機能的」「先進的」「汎用的」な都市開発が進み、横浜駅の海側にみなとみらいや
ポートサイドの開発が進んだのと時期も重なります。

でも決定的に違うのは、大規模な開発に飲み込まれることなく、
「人情的」「伝統的」「個性的」なまちづくりが出来ていること。

宿場のPRも、シャッターが閉まっている所に浮世絵が描いてあったり、
お店の暖簾(のれん)のデザインに含ませたりと様々です。

地元の人や、サラリーマンやOL、歴史の街歩きの人、外国人バックパッカーなど
通行人の人種もこれまた多様。

初めて訪れた人でも、普通のまちと何かが違うと感じるハズです。

すごいと思います。

IMG_3792.JPG


▼そのまちに「誰」がいるのか?


では一体、品川と神奈川、何が違うのでしょうか?

僕は「人」だと思っています。

人って誰?と言われそうなので、先に3人紹介します。

まちづくり協議会の堀江さん、宿場JAPANの渡邉さん、しながわ街づくり計画の佐藤さんです。

▼【東京都品川宿】「品川っ子独自のアイデンティティを持ち続けたい」まちづくり協議会・堀江新三
http://motokurashi.com/shinagawa-shuku-horie-shinzo/20150822

▼宿場JAPAN 渡邊崇志「まち・人・世界をつなげる、現代の『宿場』づくり」
https://www.machigenki.go.jp/44/k-1417

▼「しながわ街づくり計画」佐藤亮太
http://motokurashi.com/shinagawa-shuku-inrikisha/20150825

これらの方のチームワークが絶妙なんです

堀江さんが、宿の歴史を軸に商店街全体を取りまとめる。
渡邉さんが、ゲストハウスなど「宿」を経営、外国人の案内所まで設ける。
佐藤さんが、カフェなど幅広い層がくつろげる場を提供する。

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その①でお話した、ナビゲーターもいれば、ふらっと立ち寄れる場もあります

神奈川もこうなって欲しいと、つくづく感じます。。

でも品川もここまで来るには5年は掛かりました。
焦っても仕方ないですね。

その③では、この1年でどうするかのお話をしていきたいと思います


つづく
posted by ちゅーさん at 07:36Comment(0)相談

江戸時代の横浜の中心地「神奈川」復活を模索する【その①】

こんにちは

夏を思わせる暑さがあったかと思えば、肌寒い日もあり、
何をきたら良いのか出かける前に悩む、今日この頃です。

先週末の品川宿・浅草三社ツアーから1週間、
しぇあひるずへの来客の対応、4月にグランドオープンした
多世代多文化交流型スペース「CASACO」への訪問。
そしてモクチン企画の新事業のキックオフなど
盛りだくさんの日々を送ってます

(ちょいとひと呼吸おいて、インプットした情報を整理中・・・・)


▼「神奈川」と言われてピンとくるか?

いろんな方とお会いしてお話するたびに、
相変わらずの「神奈川」の認知度の低さを痛感するワケですが、

前回のブラタモリ 「#38 ~横浜の秘密は“ハマ”にあり!? ~」
の番組の中では、結構なボリュームで神奈川が紹介されていました。
公式ブラブラ足跡マップ
http://www.nhk.or.jp/buratamori/map/list38/route3.html

江戸時代、神奈川は全国各地の船が集まる重要な湊であり、
最盛期の神奈川宿には旅籠など1300軒以上の建物があったこと。

幕末の米国は、中心地の神奈川の開港を要求していたが、
街道と湊の要所を開くのはリスク有と幕府が判断したため、
浜辺の「横浜村」をムリくり「神奈川」でくくったこと。
それでも、1859年以降、神奈川宿の寺社に各国の領事館が開設されたこと。

などなど思いのほか充実した内容。

幸ケ谷公園や本覚寺、金比羅神社、料亭田中家さんなどのロケで、
地元民からしてもツボを心得ているなと思う一方、
「そろそろ違う視点ができないものか?」
というムズムズした思いもあります。

例えば、幸ケ谷は鉄道工事の要で、本覚寺はアメリカ領事館だったという紹介がありますが、
それだけで神奈川に足を運ぶ人は、タモリみたいに古地図を見ながらニヤニヤしちゃう
完全な「歴史ヲタク」ですよ(僕もそういう部類の人間ですがw)

田中家さんも、江戸時代から料亭をやっていて、言わば神奈川宿の「顔」なんですが、
テレビで紹介されたからと言って、翌日に行列ができるような雰囲気はありません。

もっと言うと、どこか地方から友人が訪ねてきて、
ぜひ、神奈川エリアの店に連れって欲しいと言われても、頭ん中の候補に出てこないんです。
神奈川宿の「顔」なのにです。

番組中、ナビゲーター(横浜市歴史博物館)の小林さんが、
タモリに「富嶽三十六景・神奈川沖浪裏」をパネルを見せながら、
「ここ(金比羅神社・神奈川湊)が舞台です。」という説明をしてるのですが、
ふらりと訪れた人からすると、ナビゲーターもいないし、パネルもないから分からないんですよ。

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かつての東海道沿いには「横浜駅至近」を掲げる、何の個性もないマンションと駐車場。

ゆっくり気軽に食事ができる店もなければ、世界に誇る日本の名画の舞台だと知る術もない。
また会いたいと思う人もいない。。

これが、宿場の記憶が衰退した「神奈川」の21世紀の現実です。

もの凄くもったいないと思いませんか?

冒頭にふれた、品川宿、浅草花川戸エリア、多世代多文化交流型スペース「CASACO」を
連続して訪れているのは、ちゃんと理由があります。

その②では、それらのエリアで得たヒントをまとめて紹介します

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