モノの価値を改めて考える

みなさん、おはようございます。

昨日は、横浜市中区のまちづくり団体「まま力の会」が主催する
「ゾウノマママルシェ」に、しぇあひるずヨコハマとして初めてブースを出しました。

▼ローカルグッド記事
http://yokohama.localgood.jp/news/8966/

なかなかの人の入りで、こうした機会はあまりなかったので刺激になりました。

メインターゲットは、子度服を中心とした「リユース品」
イベントの代表の船本さんからお誘いを受けたとき、
まず最初に頭に浮かんだのが、

「うちの娘の売れそうな服を寄せ集めても、出店料払えないかも。」


という不安でした。

実際、その予想は正しく、
当日の子供服の売上げ合計は、出店料以下でした。

そこで、今回のイベントに沿う形で、
子供服以外の品を全面に押し出すことにしたのです。

ちょうど福島県いわき市で活動しているNPO法人で、
古着のリサイクル事業や、オーガニックコットンの栽培・商品化
に尽力されている代表の吉田さんと知り合えていたので、お声がけさせて頂きました。

▼特定非営利法人 ザ・ピープル
http://npo-thepeople.com/

また、僕の父が経営するカバン製造業の方でも、
新品のファッションバッグ、ポーチが破在庫となっており、
アウトレット品として、同時に販売させていただきました。

まったく別々の3つのカテゴリの商品に共通して言えることは、

「モノの価値にはタイミングがある」

ということです。

成長が早い子供の服は、着られる時期が短い。
浴衣や着物は、良質であっても普段から着る機会は少ない。
新品のバッグでも、季節はずれや型落ちの商品を店頭に出せない。

一度タイミングを逃すと、もともとの価値に戻すことは難しい。
でも、欲しいタイミングでモノを探すと、なかなか手に入らない。

高価な帯でできたバッグなんて、普通に売ってるものではないですから、
欲しい方は喜んで買っていかれます。

逆に、2300円→100円にしても売れないバッグもある。。。

そんな矛盾が、この世の中にはあると痛感しました。

今、WEB上でも不要になったものをアップして、
欲しい人と結びつけるマーケットが拡大していますが、
そこからさらに踏み込んで、長く使えるモノは特に、
使っていたストーリーも受け継いでいければいいなと思いました。
posted by ちゅーさん at 08:25Comment(0)相談

キャリアは通過点に過ぎず。人生の目的と手段を間違えない。

みなさん、こんにちは。

先般、Team Open Yokohamaさん主催の
プチキャリアカフェにてお話しさせて頂きました。

現在のしぇあひるずヨコハマの活動報告と共に、
なぜキャリアを捨てて、会社を立ち上げようと思ったのか
その動機についてもフォーカスしました。

重要なのは、目的と手段を間違えないこと。

参加されていたのは、社会人としてのキャリアが
僕よりもずっと長い方ばかりでしたが、
そこをあえて強調させて頂いたのは、
これから進んでいく21世紀の日本においては
過去の勝ちパターンが通用しなくなると本気で
危機感を覚えているためです。

就職やキャリアアップは、手段であって目的ではない。
僕の人生の目的は「幸せに生きること」


その目的を達成するためには、多少不安定でも構わないという
スタンスでいます。

さらに、今後は「安定」した就職がさらに難しくなると思います。

大企業の社員、公務員になることが「安定」した生き方
だと思っている人がいたら、
その「安定」たる理由を聞いてみたいくらいです。

ちょうどプチキャリアカフェに開かれた日は、
富士通のPC事業がLenovoの傘下に入ることが報じられた日でした。

僕がDELLで働いていたころ、富士通、NEC、東芝などの
日系メーカーが競合で出てきましたが、2社は中国の傘下、1社は不正会計、、、
80年代~90年代エレクトロニクスで世界をリードしてきた大企業が
こんなことになるとは、当時の人は考えもしなかったでしょう。

さらに、ここ数日話題になっている「電通新入社員の過労死問題」
東大を出て、超大手の広告代理店に就職できる優秀な人が、
なぜ自ら命を絶たなければいけないのでしょうか?

業務やパワハラに追い詰められると、
人はカンタンに生きる目的を見失ってしまう。
そうでなくても、本来手段であるはずの会社の業務遂行が、
目的になってるケースが、自分の過去も含め多々あると思います。

忙しい毎日だからこそ、一度立ち止まって
自分の人生の目的と手段を整理できたら良いですね。
posted by ちゅーさん at 15:41Comment(0)日記

「好奇心の赴くままに」という生き方

みなさん、おはようございます。

気が付けば10月ですね。
早いですね。

さて、9月29日発行のタウンニュース神奈川区版にて
地域で活動する人を紹介する「人物風土記」に紹介頂きました。

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「好奇心の赴くままに」というサブタイトルで、
僕の生き方を表現頂きました

こちらのURLから確認できます↓
http://www.townnews.co.jp/0117/i/2016/09/29/350372.html

記者の方からの、「学生時代にどんな学びや活動を行っていたか?」
という質問に対し、タイやネパールへの訪問もお話させて頂いたのですが、
やはりサハリンへの渡航が一番インパクトが強かったようです。

僕の、好奇心によって突き動かされるパワーというのが、
今のしぇあひるずの事業にも結びついてることが改めて気づかされました。


▼ユジノサハリンスク訪問

サハリンの中心都市は、かつて樺太庁が置かれた
ユジノサハリンスク(旧豊原市)です。
人口は約20万。
稚内が5万人程度だと考えると、かなり大きな都市と言えます。

冷戦時代の「レーニン像」や、神社を壊して作られた「戦勝記念広場」があり、
ああ、やっぱり極東ロシアって何となく日本に敵意があるのかな?
というふうに捉えることもできます。

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▼イメージが覆る感覚が楽しい

しかし、コルサコフ港からホテルまでの1時間程度、
地元の方(例のロシア美女二人)と話しができたことによって
サハリンの人のイメージが180°変わりました。

まずサハリンの人々は親日であること。


鉄のカーテンで閉ざされた海峡を越え、初めてサハリンから北海道にやってきた
幼い男の子・コンスタンチン君

暖房用の熱湯を全身に浴びるという事故によって、重体となった彼を救うべく、
外交の常識を超える方法で、北海道の病院まで緊急搬送したことは、
あの「プロジェクトX」でも紹介された、多くの人に感動を呼ぶ出来事でした。

当時サハリンでも歴史的なニュースとして取り上げられたそうです。

その後、サハリンは、北部の油田や天然ガス産地からの
パイプラインや、南部の巨大エネルギープラント開発が進み、
日本の総合商社やゼネコンの資本も多く入るようになりました。

通訳をしている彼女らは、そういったハイエンドな仕事をこなす
ビジネスパーソンを普段から相手にしているのです。


「だから、丸の内を歩いてもおかしくない上品な雰囲気なのか!」
(むしろ極東ロシアにいる方が違和感がある笑)
妙に納得しました。

そして、大して観光客がいないわりに、
ホテルが予約でいっぱいなのも、プラント開発のせいなのだと理解しました。

しかし、サハリンにはコンビニやファーストフードがありません。
(僕はそういう地域が大好きです!)

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「もし世界中どこにでも住めるとしたら、どの国に住みたいか?」
と尋ねると、

「日本かアメリカがいい」

と年が2歳しか違わない研修中の彼女は答えました。
理由は日本語も英語も話せるし、より豊かな暮らしをしたいのだそうです。

「もし夏休みに世界中どこにでも行けるとしたら、どこに行きたいか?」
と尋ねると、

「パリでお買い物をしたい!」

と笑顔で答えてくれました。

道路を走る車は、ほとんどが日本からの中古車で、
日本車の割合は、欧州車が人気の日本よりも多いほどです。
住民のほとんどは、団地のような味気ないアパートに住んでいました。

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さらに古い建物になると、旧北海道拓殖銀行の豊原支店ビルなんてのも
残っていたりして、かつての日本をしのばせます。

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住宅も商店も、一階部分の窓には鉄格子があり、
万引き防止なのか、商品はカウンターの奥の棚に陳列され、
店員に欲しいものを言わないと、とってくれない仕組みでした。
英語も通じないので結構苦労しました。。。

それでも、お店の人は、何をいってるのかサッパリ分からない
ロシア語で一生懸命説明をしたのちに、
チェブレキという具入りパンを、わざわざレンジでチンしてくれました。

ロシア正教の美しい教会の前では、青年から英語で写真撮りますよ?
と声をかけてくれたりもしました。

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▼知らない世界を知ること

僕が感じたサハリンというのは、日本人の心理状態からすると
終戦60年経っても、まだ冷戦が続いている場所でした。

でもそれは一方的な偏見であって、
サハリンの人々は日本との交流を望んでいること。
それが感覚としてとてもよく理解できたのです。

この数日間、日本とロシアをめぐる両国関係改善のニュースを
たくさん見かけるようになりました。

(シベリア鉄道 北海道まで延伸を 日露経済協力協議で建設案浮上)
http://www.sankeibiz.jp/smp/macro/news/161003/mca1610030500006-s1.htm

もしかしたら、電車乗ったままサハリンに行く日が来るかもしれません。

そのときは是非、サハリンの人々はフレンドリーだったということを
思い出してくれたら嬉しいです。
posted by ちゅーさん at 09:08Comment(0)情報