国際平和デーと世界を知ること

本日は「ピースデー」でした!

各地で戦争や紛争がおきている中、今日だけは人を殺し合うのをやめよう。
と国連が制定した国際平和の日なのです。

その流れで、国際平和映画祭(UFPFF)の前夜祭に参加しました。
http://www.ufpff.com/

そして、戦争や平和を考える上で「伝えること」の難しさを感じました。

前回、世界一周のお話をしましたが、
旅をすることと、平和を考えることは、とても強い関連があります。

知らない土地のことを五感を使って知る。
自分とは違う生き方の人に出会う。
知っている土地、会ったことのある人にはおのずと親近感が生まれるものです。


僕が人生で初めて、親のいない旅行に出かけたのは15歳の夏。
仲の良かった友達と二人で、竹芝桟橋から三宅島まで船で渡り、
宿泊も島で唯一の「素泊まり」ができる宿で、主人や他の旅人との交流を図るという、
デビューにしては挑戦的な旅行でした。

そして、海外へ一人旅をしたのは、2002年の18歳の夏。
2002年といえばサッカーW杯日韓開催の年で、その盛り上がりに乗っかるように、
横浜から博多まで青春18切符を使い、さらに博多から釜山まで学割フェリーで渡航する、
これまた勢いまかせの旅でした。
今でこそ日韓関係はあまりよくありませんが、
僕が釜山で受けた地元の人の親切は鮮明に覚えています。

早くて、便利で、簡単!がもてはやされる現在社会にあって、
船というスローな移動手段、ネットも使わない、食事は自分で用意。というスタンスは、
「考える」プロセスがたくさん生じてくるのです。


そんな「考える旅」の最たる例が、21歳の夏に一人で渡航した「サハリン」でした。
サハリンは、戦前の日本統治時代に樺太と呼ばれた、北海道のさらに北に位置する、
南北800Km以上もある巨大な島です。
宗谷岬とクリリオン岬はわずかに42kmしか離れておらず、
日本国領事館が置かれている、パスポートで渡航可能な土地、
という定義に当てはめれば、まさに「日本から一番近い海外」といってよいでしょう。

にも関わらず、私たちが近い海外と聞いて連想するのは、韓国や中国、台湾、グアム
なのはなぜでしょうか?

僕の友人で、世界一周や、世界を何十か国も行ったことがある「旅の達人」は
たくさんいるのですが、僕は未だかつてサハリンに行ったことがある人に、
会ったことは一度もありません。

おそらくみなさんも、名前は聞いたことがある位で、日本からどうやって行くのか?
どんな景色なのか?ピンとこないのではないでしょうか?
その原因は、旧ソ連によって徹底して封鎖された、極東の情報の少なさだと思っています。

サハリンは、東西冷戦時代には「鉄のカーテン」の向こう側と呼ばれ、
渡航はおろか、近くを船や飛行機で通過することも許されませんでした。
日本人20人も犠牲になった「大韓航空機撃墜事件」が近寄りがたい土地の象徴と言えます。

やがてベルリンの壁が崩壊し、ソ連が崩壊しても、
私たちの心の壁は消えることがありませんでした。

今では地球の裏側の写真でさえ、友達のインスタグラムなどで、
当たり前のようにシェアされるようになり、世界に対しての距離感がかなり近くなったと思います。
しかし、その一方で景色や料理や可愛い動物など、視覚的に分かりやすい情報以外の
アンテナの感度が鈍ってきている気がします。

僕は幼い頃から、地図を見るのが大好きでした。
海岸線の地形、ローカル線のルート、めずらしい町の名前。
そういうものを発見する面白さにとりつかれていました。

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日本列島の地図を見て、すぐそばにあるサハリンの存在に気づいていました。
博多から韓国に船で渡った身としては、稚内からサハリンに渡る船はないものか?
と考えるようになり、実際に東日本海フェリーの定期航路があることを知りました。

しかし、韓国とは決定的に異なり、極東ロシアはビザの取得や入出国の手続きが
自力でやるのは不可能だと分かりました。
いくつかの旅行会社で、個人の渡航を手配してくれるところを探しましたが、中には
「何しに行くんだ?」と考えそのものを否定するような業者もいました。

そんな中、札幌に本社のあるクレオトラベルという会社の担当者が
チケット予約や難しい現地の手続きをする通訳、ホテルの手配を、
なんと手数料なしでやってくれるという奇跡が起きました。
「土を踏んで、空気を吸って帰ってくるだけでいい。ぜひ、サハリンに行ってください」
その熱意は今も忘れることができません。


「なぜそこに行こうと思ったのか」「そこから進むために何を考えたか」


一番近くて一番遠い海外というギャップ。
諦めずに行動していれば、いつか必ず道は開けるという。
原体験になりました。

そして何より、お互いを知り合うことは「平和」につながると確信しました。

そこでの出会い、見た景色、感じたことは、次にお話しします。

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