「好奇心の赴くままに」という生き方

みなさん、おはようございます。

気が付けば10月ですね。
早いですね。

さて、9月29日発行のタウンニュース神奈川区版にて
地域で活動する人を紹介する「人物風土記」に紹介頂きました。

14520424_1258981934133490_8570953505378441640_n.jpg

「好奇心の赴くままに」というサブタイトルで、
僕の生き方を表現頂きました

こちらのURLから確認できます↓
http://www.townnews.co.jp/0117/i/2016/09/29/350372.html

記者の方からの、「学生時代にどんな学びや活動を行っていたか?」
という質問に対し、タイやネパールへの訪問もお話させて頂いたのですが、
やはりサハリンへの渡航が一番インパクトが強かったようです。

僕の、好奇心によって突き動かされるパワーというのが、
今のしぇあひるずの事業にも結びついてることが改めて気づかされました。


▼ユジノサハリンスク訪問

サハリンの中心都市は、かつて樺太庁が置かれた
ユジノサハリンスク(旧豊原市)です。
人口は約20万。
稚内が5万人程度だと考えると、かなり大きな都市と言えます。

冷戦時代の「レーニン像」や、神社を壊して作られた「戦勝記念広場」があり、
ああ、やっぱり極東ロシアって何となく日本に敵意があるのかな?
というふうに捉えることもできます。

P7120144.JPG


P7120165.JPG


▼イメージが覆る感覚が楽しい

しかし、コルサコフ港からホテルまでの1時間程度、
地元の方(例のロシア美女二人)と話しができたことによって
サハリンの人のイメージが180°変わりました。

まずサハリンの人々は親日であること。


鉄のカーテンで閉ざされた海峡を越え、初めてサハリンから北海道にやってきた
幼い男の子・コンスタンチン君

暖房用の熱湯を全身に浴びるという事故によって、重体となった彼を救うべく、
外交の常識を超える方法で、北海道の病院まで緊急搬送したことは、
あの「プロジェクトX」でも紹介された、多くの人に感動を呼ぶ出来事でした。

当時サハリンでも歴史的なニュースとして取り上げられたそうです。

その後、サハリンは、北部の油田や天然ガス産地からの
パイプラインや、南部の巨大エネルギープラント開発が進み、
日本の総合商社やゼネコンの資本も多く入るようになりました。

通訳をしている彼女らは、そういったハイエンドな仕事をこなす
ビジネスパーソンを普段から相手にしているのです。


「だから、丸の内を歩いてもおかしくない上品な雰囲気なのか!」
(むしろ極東ロシアにいる方が違和感がある笑)
妙に納得しました。

そして、大して観光客がいないわりに、
ホテルが予約でいっぱいなのも、プラント開発のせいなのだと理解しました。

しかし、サハリンにはコンビニやファーストフードがありません。
(僕はそういう地域が大好きです!)

P7120175.JPG

「もし世界中どこにでも住めるとしたら、どの国に住みたいか?」
と尋ねると、

「日本かアメリカがいい」

と年が2歳しか違わない研修中の彼女は答えました。
理由は日本語も英語も話せるし、より豊かな暮らしをしたいのだそうです。

「もし夏休みに世界中どこにでも行けるとしたら、どこに行きたいか?」
と尋ねると、

「パリでお買い物をしたい!」

と笑顔で答えてくれました。

道路を走る車は、ほとんどが日本からの中古車で、
日本車の割合は、欧州車が人気の日本よりも多いほどです。
住民のほとんどは、団地のような味気ないアパートに住んでいました。

P7130004.JPG

さらに古い建物になると、旧北海道拓殖銀行の豊原支店ビルなんてのも
残っていたりして、かつての日本をしのばせます。

P7120176.JPG

住宅も商店も、一階部分の窓には鉄格子があり、
万引き防止なのか、商品はカウンターの奥の棚に陳列され、
店員に欲しいものを言わないと、とってくれない仕組みでした。
英語も通じないので結構苦労しました。。。

それでも、お店の人は、何をいってるのかサッパリ分からない
ロシア語で一生懸命説明をしたのちに、
チェブレキという具入りパンを、わざわざレンジでチンしてくれました。

ロシア正教の美しい教会の前では、青年から英語で写真撮りますよ?
と声をかけてくれたりもしました。

P7120151.JPG


▼知らない世界を知ること

僕が感じたサハリンというのは、日本人の心理状態からすると
終戦60年経っても、まだ冷戦が続いている場所でした。

でもそれは一方的な偏見であって、
サハリンの人々は日本との交流を望んでいること。
それが感覚としてとてもよく理解できたのです。

この数日間、日本とロシアをめぐる両国関係改善のニュースを
たくさん見かけるようになりました。

(シベリア鉄道 北海道まで延伸を 日露経済協力協議で建設案浮上)
http://www.sankeibiz.jp/smp/macro/news/161003/mca1610030500006-s1.htm

もしかしたら、電車乗ったままサハリンに行く日が来るかもしれません。

そのときは是非、サハリンの人々はフレンドリーだったということを
思い出してくれたら嬉しいです。

この記事へのコメント