ライフデザインを考える上で「デキる」ということ

みなさん、おはようございます。
朝から日差しの暑い、夏のしぇあひるずです

先週の土曜日、母校の自由学園に行きまして、大学1年生向けのライフデザイン「職業と生き方」という講義でお話しをしました。
間があいてしまいましたが、いろいろ考えさせられたので記しておこうと思います。

この講義は「ライフデザイン」とあるように、大学4年間を過ごしたあとで、自分がどういうキャリアを経て人生を歩んでいくのかを問うもので、今回のテーマは
「学園OBから聞く!学園OBならではのデキる!」学園体験からデキるにどう変換するか?
というものでした。

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こちらの今の事業や、学生時代に取り組んでいたことなどを一通りプレゼンしたあとで、ディスカッションも行われます。
荒井さんにとっての「デキる」ってどういう状態ですか?
という質問を受けたりします。
結構難しいですよね。

僕は、「デキる」というのは、自分と第三者の評価が合致している状態だと話しました。
やったことに対して、フィードバックを得られる、感謝をされる、対価をもらうなどです。

このように説明すると、それは元々「デキる人」だったから、うまくいっているのだ。「デキない人」「失敗した人」の話も聞きたいという意見が出ます。
今回の講義のあとにもそういうアンケート結果が実際にありました。
なるほど、「しくじり先生」みたいな例か。となる訳ですが、そもそも最初から「デキる」人はいるのでしょうか?

僕は今、春から幼稚園に通いだした3歳娘と、春に生まれたばかりの0歳息子の二人を育てていますが、3歳と0歳の成長というか、「デキる」ことの差はものすごいです。0歳はまさにゼロスタート。ほとんど何もできません。

子どもの日々の様子を見てて感じるのは、「デキる人」は元々できるからやるのではなくで、やっているうちに「デキる」ようになっていくということ。
だから、子どもはすぐに散らかしたり、壊したり、怪我をしたりと、失敗の連続で、こっちはその始末に追われますが、その失敗要素を取り除いてしまうと「デキる」状態にはならないんです。

幼稚園や学校に行かずとも、勉強をすることは可能ですが、失敗の多くは他者とのコミュニケーションによるものであり、家庭以外の大勢の人と関わることで、「デキる」ことが増え、それが社会に必要とさせる人となり、キャリアを形成していくのではないでしょうか。

そして、大学を出て社会人となった今でも、やったことがないことから「デキない」というスタンスでは成長は非常に難しい。
新卒社員の研修でも、「まずはやって失敗しろ」と教えられるのはこのためです。

変わりゆく社会の中で必要とされる人であるためには、いつもやっては失敗し、その繰り替しの中で「デキる」ことを身に着け、自身につなげていくことが重要だと考えます。


以上がライフデザインから考える「デキる」でした!

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